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[情報誌Q vol.87特集]スゴイっちゃ! 実はずっと続いてる、北九州市の芸術文化。

(2026年11月4日公開)

ここに、1本だけの弦を残す戦前のバンジョーがあります。上海から若松に渡ってきたその楽器は、奇跡的に戦禍を逃れ、やがて時を越えて、もう一度まちに音楽を響かせるきっかけとなります。1993年開館の響ホールや2003年に北九州芸術劇場ができるずっと以前から、このまちの芸術文化は、人々の手によって育まれ、受け継がれてきたのです。

畳の下から見つかったバンジョー。4本あった弦は、今では1本だけ。
畳の下から見つかったバンジョー。4本あった弦は、今では1本だけ。

110年前にジャズバンド誕生!
九州ジャズ発祥の地・若松。 音楽の力で町おこしを─

1916年、港町・若松に「若松パールジャズバンド」が誕生しました。
このまちのジャズの歴史は古く、北九州市史にも「若松公会堂を本拠地とするバンドが存在した」と記録されています。当時、石炭の積み出し港として賑わった若松は、上海との交易もあり、新しい西洋音楽やジャズを楽しむ文化が息づいていました。

バンジョーを手にするのは「若松パールジャズバンド」のバンドリーダーを務めた和田さんの叔父
バンジョーを手にするのは「若松パールジャズバンド」のバンドリーダーを務めた和田さんの叔父

時は流れ平成の初頭、まちにかつての賑わいを取り戻すため、ジャズ喫茶「エルエヴァンス」のマスター・和田寛市さんたちが立ち上がります。きっかけになったのが、1本の古いバンジョーでした。

「昔、弟がジャズをやっててね」と父親が見せてくれたその楽器は、戦前の若松でジャズバンドを結成していた叔父が使っていた物でした。戦時中の金属回収令をかいくぐり、今に遺ったバンジョー。当時の若者の夢や希望、大事な青春時代が詰まった形見…。高校時代からジャズやベースに親しんでいた寛市さんの目にはどう映ったのでしょうか。

そうした背景を経て、寛市さんらは1991年に「ジャズで町おこし」を合言葉に「若松で音楽を聴く会」を発足。「聴く場所がないなら自分たちで作ろう」とバンドを結成し、商店街や公園でのゲリラライブ、小学校やお寺での出前ライブなど、まちじゅうに音楽を届ける活動を始めました。

そうして1997年には手作りの町おこしコンサート「若松鉄人JAZZ」が開幕。さらに地元中学校の吹奏楽部を母体とした「若松鉄人JAZZ Big Band Jr.」も誕生するなど、世代を超えてジャズを楽しむ文化がまちに根づいていきます。2008年には長年の活動が評価され、「国土交通大臣賞(国土交通省/地域づくり表彰)」を受賞しました。

2019年、寛市さんが亡くなった後も妻の俊子さんがお店を守り、毎週土曜の夜にはアーティストたちの生演奏が響きます。九州ジャズ発祥の地・若松の情熱と誇りは110年の時を超えて今なお、このまちと人々の暮らしの中に流れ続けているのです。


まちに溶け込むジャズの気配

若松には「九州JAZZ発祥の地」のデザインマンホールのほか、サックスやトランペットが描かれた車止めも。
若松のまちを歩くときは、足元の音楽デザインにも注目です。

JR若松駅で列車の接近・到着を告げるのは「聖者の行進」。ホームにジャズのメロディが流れます。


こんなにある!北九州市のジャズイベント!

北九州市や北九州ミュージックプロムナード実行委員会をはじめ、みなさまの応援のもと、長年にわたり地域で愛されているイベントも! まちの景色や雰囲気とともに、多彩なジャズを楽しめます。

「関門まちかどジャズ」
→門司港レトロ
「門司港レトロJAZZストリート」
→門司港レトロ
「KITAKYU JAZZ STREET 」
→紫川・リバーウォーク北九州ほか
「小倉ジャズBigband Festival」
→北九州市立男女共同参画センタームーブホール
「若松鉄人JAZZ」
→若松市民会館
※イベントは一例です


創立80年超!2000人超が出演!
日本で最も古いアマチュア劇団のひとつが“北九州”に。

1945年10月、終戦からわずか2カ月後の八幡で、16人の若者が「北九州の復興を演劇で」と語り合い、劇団を立ち上げました。それが、日本で最も古いアマチュア劇団のひとつ「劇団青春座」です。
1963年の五市合併当時、市内には13ほどの劇団がありましたが、青春座の歩みを50年にわたり率いたのが、三代目代表の井生定巳さんです。1993年には「北九州演劇祭」初代委員長を務め、北九州芸術劇場の立ち上げにも貢献。2025年、85歳でその生涯の幕を閉じるまで北九州の演劇界を牽引してきました。

「劇団 青春座」1954年冬頃の読み合わせ風景
「劇団 青春座」1954年冬頃の読み合わせ風景

創立以降、毎年公演を実施してきた市民劇団の活動を支えてきたのは、「演劇は限られた人だけのものではなく、誰でも参加できるもの」という青春座が80年以上大切にしてきた想いです。現代表・和田正人さんは、「アマチュアとして、まず普段の生活を大切に。その土台があるから80年休まず続けられた」と語ります。

その言葉の通り、青春座は公演ごとに新しい出演者を募集しています。長い活動の中では、消防団員ら市民200人が一度に舞台に立った公演もあったそう。まさにこのまちの人々とともに演劇をつくってきたのです。

1960年10月『午後の人』上演の様子(全国青年大会)
1960年10月『午後の人』上演の様子(全国青年大会)

活動は市内のみならず、東京や海外(中国)での公演にも挑戦。2026年11月には249回目の公演を迎えます。青春座の舞台に立った方は、記録が残るだけでも2000人を超え、子どもの頃に出演した方もいれば、その経験を、その後の活動につなげていった方もいます。長年の歩みは、ひとつの劇団の歴史にとどまることなく、このまちの演劇文化の流れにも注がれてきました。

今、北九州ではさまざまな劇団が活動しています。若い才能から新しい劇団が生まれ、世代を超えて人がつながり、また次の舞台へと広がっていく。人から人へ、バトンが手渡されてきたからこそ、このまちの演劇には根強い底力があるのかもしれません。


今も、北九州にはいろんな劇団が!

「青春座」をはじめ、「飛ぶ劇場」「劇団C4」「演劇関係いすと校舎」「ブルーエゴナク」「集合チキューン」など、北九州にはさまざまな劇団があります。ここでは紹介しきれない劇団もまだまだ。自分だけのお気に入りを探しに、「かるぽー」をのぞいてみてください。


実は年間約25万人!
こんなに人が来ている!

北九州芸術劇場には、年間約25万人(※2025年度実績)もの方が足を運んでいます。公演を観るだけでなく、演劇を体験したり、舞台づくりを学んだり、発表会や卒業式、講演会や式典など、人生のさまざまな場面で訪れる場所でもあります。芸術文化に親しむ場であるとともに、地域の人々が集う、身近な場所です。

北九州芸術劇場が入居するリバーウォーク北九州
北九州芸術劇場が入居するリバーウォーク北九州
北九州芸術劇場 大ホール
北九州芸術劇場 大ホール

 


実は年間「1690件」!

2025年度、「かるぽー」に登録されたイベントは年間なんと1690件! 演劇はもちろん、コンサート、展覧会、ワークショップまで、掲載されているだけでも1日あたり4〜5件の芸術文化活動がまちのどこかで行われている計算になります。気になる劇団の公演情報も「かるぽー」で検索!今日もあなたのすぐそばでも、何かが行われているかもしれません。


北九州芸術劇場と響ホールのラインアップなども掲載している「情報誌Q vol.87」電子ブックも公開中!ぜひご覧ください!

※この記事は情報誌『情報誌Q vol.87』2026年11月号の特集を元に編集・掲載しています。

公益財団法人 北九州市芸術文化振興財団

〒803-0812 北九州市小倉北区室町1丁目1-1-11
(リバーウォーク北九州5階)

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