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【インタビュー 】市民参加でつくるコンテンポラリーダンス作品「シワノヴァ」

取材・文/重岡美千代
[2025年2月28日公開]

まちの潜在力と劇場の可能性をひらいた市民参加プログラム


2024年11月、北九州に新たなコンテンポラリーダンス作品が誕生した。地域のアーティストと市民参加で創りあげた「シワノヴァ」は、視察やワークショップなどを丁寧に重ねて実った珠玉の作品。2カ年度にわたる協働プログラムから、どんな成果が生まれたのか。振付・演出を担当した“太めパフォーマンス(乗松薫、鉄田えみ)”のお二人と劇場担当者に話を伺った。

 

「シワノヴァ」舞台写真
「シワノヴァ」舞台写真©ふじまつたえこ

 

 


 

地域のアーティストと市民と劇場が三つ巴に

 

劇場 / 北九州芸術劇場では、これまで国内外の第一線で活躍するアーティストや、地域のアーティストと数多くのオリジナル作品を創ってきました。そんな中、コロナ禍を経た今改めて、同じ時代を同じ地域で生きているアーティストとこのまちに向き合い、作品づくりに取り組みたいとの思いでスタートしたのが「キタゲキローカルアーティスト協働プログラム」です。第一弾の構想を始めたのがちょうどコロナ禍で、混沌としたムードをダンスのパワーで打破出来たら、という思いで太めパフォーマンスのお二人にオファーしました。劇場での鑑賞型ダンス作品の創作は、2019年の「ギミックス」(振付・演出:井手茂太)以来5年ぶり2作目で、市民参加では初の取り組みです。お二人には「ギミックス」にも演出助手・出演で参加いただき、学校アウトリーチや「ギラダンス」など、市民とダンスの架け橋として活躍いただいた実績もあります。カンパニーとしての作品創作においても、国内のみならず世界に向けて発表しその活動が高く評価されていることも含め、今回のオファーに至りました。

 

鉄田 / これまでの北九州芸術劇場との関わりで出会った井手茂太さんや白神ももこさんからは、本当にたくさんのことを教わりました。ご依頼いただいた時は素直に嬉しかったですし、今振り返ってみても改めて、こんな風に作品を作らせてもらうって、すごく光栄なことだなと思いました。

 

乗松 / 井手茂太さんには「揺れる肉」(2022年)で共同振付を、白神ももこさんには「Sento」(2020年)の演出をしていただきこの作品映像は今も国際交流基金HPで公開されています(リンク:https://stagebb.jpf.go.jp/stage/sento/)。いろんな方々と活動する中で得たことは大きく、今回の「シワノヴァ」には、その全部が影響していると思います。ちょうど私たちもたくさんの人と一緒に踊ることに目を向けていた時だったので、いいタイミングでした。

 

劇場 /「キタゲキローカルアーティスト協働プログラム」は、[地域とつながる][まちや人と舞台芸術の力を共に分かち合う][舞台芸術の熱を伝える]という3本柱のテーマがあって、1年目に地域でのリサーチや交流を行い、2年目に市民参加による作品創作を行うプログラムです。お二人から出た、コロナ禍を経た人類への“お祝い”というキーワードから、まずは北九州の「祭り」をリサーチしました。調べてみると、井手浦の「尻振り祭り」や脇之浦の「はだか祭り」など、ユニークな祭りも北九州にはあって、実際にお祭りを見に行ったり、関係者の方にお話を伺ったりもしました。

コロナ禍を乗り越えた人類への“お祝い”という着想から、市内の様々なお祭りのリサーチ(写真左:鉄田さん、右:乗松さん)
コロナ禍を乗り越えた人類への“お祝い”という着想から、市内の様々なお祭りのリサーチ(写真左:鉄田さん、右:乗松さん)

乗松 / いろんな祭りに行って感じたのは、すごく可愛かったんですよね。神聖な雰囲気ではあるけど、なんだか「可愛い」。自分たちの住む地域の祭りをすごく大事にしていて、愛されている感じが伝わってきました。あとは、祭りを調べていくとそのほとんどが「豊穣と退散」を願うもの、ということも分かりました。こういったリサーチをするにしても、見つめる目が私たちだけじゃなくて、劇場の方々というまた違う目線があったのもよかったです。

 

 

 

世界の「シワ」を伸ばせば 平和な世の中になる?

 

劇場 / 劇場ではまだ出会えていない市民の方々と交流するために、地域の市民センターでのダンスワークショップも行いました。「豊穣と退散」というキーワードから、参加者の皆さんに「あなたにとって退散したいものは何ですか?」と尋ねた時に、「顔のシワ!」と答えた方がいらっしゃって…。

市民センターのワークショップでは多くの方が「人生で初めてダンスをした」とも
市民センターのワークショップでは多くの方が「人生で初めてダンスをした」とも

乗松 / 鉄田さんがビーンと来たらしく、「シワを伸ばすのはどうですか?」って急に言い出して…。そこからどんどん壮大な話に広がる時期がありましたね。

 

鉄田 / 世界のシワを伸ばすってどういうことなのか。やっぱり世界平和だな…と。

 

劇場 / 何気ないひと言から作品に昇華させてくださって、参加者の方も私たちも、何だかよく分からないままその世界観に巻きこまれていったように思います(笑)。

 

 

踊る皆さんのいろんな 身体が一番美しい

 

劇場 / 2年目の出演者募集では、「お二人のキャラクターが誰でも受け止めるウェルカムな感じだったから」と応募してくれた方もいました。創作のシーンづくりでは、市民参加の皆さんの個性やきらめき、本当は表現したいのになかなか出せずにいるところなどをまるっとすくい上げてくださった。表現者としてはもちろん、お二人の人間的な魅力も相まってみんな伸び伸びと、ご自身が表現したいことを自然に解放していたように思います。

 

乗松 / 振付としては8割方準備していたんですが、実際に出来上がった作品では、5割か6割にとどまった感じでした。

 

鉄田 / 事前に準備した振りをやってもらうと、想定と少し違ったり難しい部分もあったんですが、逆に皆さんがやってみてくれたことの方がすごく面白かったんです。これをちょっと整えるだけでいい感じになりそうだぞ、と。あまりこちらから提供しすぎず、出してくれたものをどう活かすかということを大事にしました。

稽古の様子
稽古の様子

 

劇場 / 振付を覚えてもらうというよりも、みんなが一緒になって作品づくりに参加していましたよね。スタッフワークも、普段とはまた違う環境だったと思いますが、そのあたりはいかがでしたか?

 

乗松 / ものすごーく頑張ってもらいました(笑)。以前、「舞台の世界観を創るのはスタッフの力」と言われたことがあるんですが、本当にそうだなと。プロフェッショナルな皆さんと話し合いながら創りあげていくプロセスは、とてもウキウキしました。

 

鉄田 / あれもこれもと、やりたい希望を全部叶えてくださって。しかもこちらが言うばかりじゃなくて、一緒に考えて提案もしてくださる。踊りが一番じゃなくて、踊りも照明も音響も全部イコールというか。

 

乗松 / 何かを諦めることもなく、全部実現できたのは本当にすごいことだったと思います。

 

鉄田 / 作品のテーマの根底には、世界平和とかいろいろあったんですけど、結局のところ、踊る皆さんのいろんな身体が美しいということが一番伝わるといいなと思って創りました。そういった意味でも、皆さんと一緒にその世界観を創れたのかなと。

稽古の様子
稽古の様子

 

乗松 / 悲しいことや嬉しいことなどいろいろあるけど、生きてさえいてくれたら…という気持ちがあって。今回の作品のラストシーンで、衣装を脱いで光に向かって歩いて行くシーンがあるんですが、一つの何かが終わっても、次があるし、明日がある。何となく明るい方に一歩進みたくなるような、そんな気持ちが伝わっていたらいいなと思います。

 

私と観ている人との間で
育っていくダンスを創りたい

 

劇場 / 地域のリサーチを元にした作品とは言っても、ダンスという特性もありますが、作品を観た方が「あ、これは北九州のアレだ」と直接的に感じることはないと思うんです。でも、北九州の色々なことを見て、聞いて、知って、北九州の人と関わる中で生まれた、紛れもなくメイドイン北九州の作品。「北九州でこういう作品づくりもできるんだ」と感じてもらえたら嬉しいです。アーティストと市民ダンサーの皆さんが、本気で、全力で向き合ってきたからこそ、北九州の「今ここ」を切り取ったリアルな作品になったと思います。

 

乗松 / そもそもダンスは、コミュニケーションとしてすごく優秀だと思うんです。言葉で足りないモノが表せたり、何気ない日々の中でも使っていたり。「あれ今の動き、ダンスっぽくない?」とか気づくような余裕が生まれると、いろんなことで怒ったり争ったりすることも減るんじゃないかなぁと。ダンスって、自分の表現が誰にどう伝わるだろう、という想像力にもつながるツール。これからも、かっこよくて、人を惹きつけるダンス。私と観ている人の間で育っていくようなダンスを創っていきたいですね。

 

鉄田 / モットーは「楽しく」、ね。ダンスって、ヒップホップがあったり日本舞踊だったり、小学校でも必修科目になったりして、以前よりも身近になっているはずなんだけど、ジャンルの間に垣根もできやすい。別物だからと遠ざけるのではなく、「ダンスをやっている」という共通項のもと、お互いに興味を持って交流できたら…と思います。そんな風に周りを巻きこみながら、ダンスの輪が広がっていくような面白い企画をまた考えてみたいですね。

稽古の様子
稽古の様子

 

私たちが出ていなくても
太めパフォーマンスの作品に

 

乗松 / 稽古期間中、フィードバックのための映像を見ては、「やばいやばい、おもしろいね」って言いながら泣いていました。シンプルに綺麗だったし、みんなすごいな、という涙。私たち二人が出ていないシーンでも、“太めパフォーマンスの作品だな”って思えたことは新しい発見でもありました。

 

鉄田 / ほんとに楽しかったよね。こんなにたくさんの人と一緒に作品づくりをしたことがないから、途中で「明日誰も来なかったらどうしよう…」とか不安になったこともあったけど…(笑)そんなこともなかったし。今回の作品づくりでは、思っていたところよりもだいぶ先に行けた気がします。

 

劇場 / ダンスは、訓練された身体でなければとか、教室に習いに行かなきゃとか思う人が多いかもしれませんが、それだけじゃないんですよね。誰でもできるし、次はあなたもこのステージに立てるかもしれない。ダンスをやったことがない人も「ちょっとやってみたい」と思えるような、気軽にダンスと関われるような場づくりと、市民の方が参加しやすいような環境づくりに、これからも取り組んでいきたいと思います。お二人とも、本当にありがとうございました。

 

 

 


 

太めパフォーマンス(乗松薫・鉄田えみ)

岡山大学モダンダンス部での出会いをきっかけに、卒業後の2009年に「太めパフォーマンス」を名古屋にて結成。2012年より北九州市に拠点を移し、現在に至るまで国内外で精力的に作品を発表している。SAI2018コンペティション部門最優秀作品賞受賞。Myung Hyun Choiとの協働振付作品『The lgnited Body』は横浜ダンスコレクション2019にて奨励賞を受賞。株式会社YAIZOO所属アーティスト。

 

※この記事は情報誌『情報誌Q vol.82』2025年3月号の特集を元に編集・掲載しています。

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